あまりにもあからさまで、あっけらかんとしたディストピア:武雄市図書館(その2)

2:見聞の続き。

承前。この記事は、九州初上陸の一見さんが、武雄市図書館・歴史資料館を訪れた見聞記であって、余所者による第一印象を記したものです。帰宅後に調べたこととあわせた考察は後の記事で行う予定なので、あわせて参照されたい。

さて、武雄市文化会館、その庭園になっている鍋島の殿様の旧宅、地名を冠した神社などは徒歩5分程度の圏内に固まっており、図書館もまたその一角にある。遠くから見た図書館は、高からず、派手な自己主張をせず、周囲の景観に馴染んでいた(馴染みすぎていて、しばらく存在に気づかなかった)。「武雄・ザ・文化都市」の気負いを感じさせる文化会館とは異なるナチュラルな佇まいは、バブル期をくぐり抜けた後の比較的最近の建物なのだろうか。ひょっとすると指定管理者制度の導入にあわせてハコモノを建てたのかしらん、などと考えながら近づいていくと、9時の開館を前に、老若男女10人ほどの人々が入口前に並んでいた。どうやら日常的に利用されているようだ。


ところで、図書館の所在は判ったが、併設されているという歴史資料館はどこだろうか。インターネット上の情報や途中の案内表示は「図書館」だったり「図書館・歴史資料館」だったりと表記が揺れていたが、道路ぞいの看板には「武雄市図書館」とあるのみである。歴史資料館は冷遇されているような記事を読んだ記憶もあるので、あるいは入口も別で裏に追いやられたりしているのだろうか、と周囲を回ってみたが、それらしきものは見当たらない。一箇所、歴史資料館名義の貼り紙があって、関係者以外立入禁止みたいなことが書いてあったが、その先をのぞくと本当に職員用の通用口のような扉しかなかった。そこが歴史資料館だとしても、一般入口は別だろう。図書館入口に戻ってくると、開館していたので、いよいよ中に入る。
入口でまず目についたのは「館内撮影禁止」のマークであり、中に入って印象的だったのは、吹き抜けの空間だった。奥には一階二階ともに背の高い本棚が天井までそびえ、天井には古民家の梁みたいな木材が何本も走っている。入口向かって右がスタバのカウンターなのだが、その上には意図はよく判らないものの、白い布だか紙っぽいもので丸い天蓋のようなものが掛けられている。館内の色彩はシックで落ち着いた感じである。そこから近くに視線を戻すと、本(棚には「販売」の表示あり)やら案内(?)カウンターやらで入口付近の配置はごたついているものの、小洒落た、いい雰囲気ではないかと思った。なかなか過ごしやすそうなスタバだ。
しかし私はスタバに一服しに来たのではなく、次の列車が来るまでの間に武雄市の歴史資料館の展示をのぞき、ついでに噂の図書館を見てみようとしているのであって、のんびりしている暇はあまりない。入口向かって左は他からは区切られた部屋になっていて、CDとかDVDとかのスペースだった。のぞくと何だかTSUTAYA っぽい造りだったので、素通りして奥に向かう。空いたスペースで可愛い茶碗なぞを売っており、展示室っぽい部屋では市民美術展のようなものが開催されており、その先はトイレと多分事務室だ。
…歴史資料館はどこにあるのか?
武雄市図書館のサイトの館内案内を見ると、ここらが歴史資料館らしく、部屋の形状からすると、市民美術展をやっている部屋が展示室っぽいが、美術展をやっているからには、特別展示室で、常設展示は別にあるのだろう。というのも、美術展の部屋の前に電子看板が2台あって、一台は佐賀県下の他の博物館・美術館の展示の紹介を、もう一台は武雄市の歴史資料館がいかにすばらしい収蔵品を展示しているかの紹介をしきりに流しているからだ。
館内を探索する。図書館スペースには小部屋があったりするが、本棚と本ばかり、二階はやはり本棚の続く回廊と自習室。回廊は上までぎっしり本が詰まっているように思われたが、本の並べ方のルールがよく判らない。一応、図書分類法に則って配架されているようだが、防災だったか介護だったかの並びのすぐ上に、子供向けの漫画世界の偉人みたいなシリーズがずらりと並んでいたりする。防災(だか介護だったか)と世界の偉人シリーズに何の関連が? とも思ったし、これでは子供が自分で手に取ることができないではないか、と不審に感じた。子供に限らず、大人だって上の方の本は取れる位置にないが、そのような場合に備え付けられているべき梯子や踏み台の類がほとんど全く見当たらない。例えば、どうあがいても手の届かない上の方に新聞の縮刷版のバックナンバーがひたすら詰まっている。ご存知の通り、縮刷版は重くて大きいので、あんなところにあったら降ろすのが大変で、実質的には閉架にあるのと変わらないと思う。それにあんな重い物を上の方に置いていたら、大地震の時に転がり落ちてきて、危ないのではないか。前述の通り、利用者が自力で手に取る環境が整備されていない以上、そんなところに縮刷版を置くメリットが書庫に入れておく以上にあるとは思われない。さらに言うなら、中ぐらいに高いところ(手を伸ばせば届くあたり)の棚には黒いつっかい棒が横に張り渡してあって、その背後にある本を手に取るのはなかなか難しそうだ。この図書館では、蔵書はハリボテ、あるいは壁紙なのだろうか。図書館の蔵書を気軽に手に取ることができなくても、利用者は文句を言わないのだろうか。正直なところ、この図書館が蔵書で何をしたいのか、判らなくなってきた。
ともあれ、歴史資料館の常設展示らしきものはここにはない。一階に戻って秘密の小部屋めいたところに入ってみる。ここも天井まで本で、子供が一人、床に座って本を読んでいた。その一角に、ガラス扉の本棚があり、地域の歴史に関する著作や地域在住の著者による作品などが集められている。どの背表紙にも「館内閲覧」の赤いシールが貼ってあり、いわゆる郷土資料の棚らしい。ただし、ガラス扉には把手もないし、そもそも鍵がかかっていて押しても引いても開かない。さすがにこれには仰天したし、愕然としたし、恐怖を感じた。郷土資料こそ、その図書館が収集しなければ残らないもので、図書館を特徴づけるものと思うから。それを、保存のために書庫に置くでもなく、自由に閲覧できるでもなく、鍵のかかったガラスに陳列してこと足れりとする感覚は正直、私には理解できない。「館内閲覧」というのは、「館外に持ち出すことはできません」の意味で、館内では自由に手に取れるものと私はこれまで認識していたのだが、この図書館では違うのか。
かなりダメージを受けて、よろよろと蔦屋書店のスペースに戻ってくると、入り口付近の棚に市長の著書などと混じって歴史資料館の過去の図録が売られている。武雄市図書館についての本もあり、新しい美術館といったタイトルの本が周囲を囲んでいた。挑戦と改革と成功の雰囲気が満ち溢れているが、管見の限りでは、歴史資料館の常設展示はどこにもない。念のため、カウンターの中の人に訊いてみる。「今は常設展示はやっていなくて、年に何回か、期間を区切って展示しているんです。過去の図録はそこのラックにあるので自由に手に取ることができます。欲しい場合は書店の棚のものを買ってください」とのことだった。確かに特別展示室っぽい部屋の前に、パンフレットを差しておくようなラックがあり、図録が並んでいる。その横には、電子看板があって、歴史資料館で見られる筈の収蔵品の数々を金のかかったと思しき映像で紹介し続けていた。

結局、蘭学関係の面白そうな図録を一冊購入して図書館を後にした。歴史資料館の存在しない常設展示の仇は、長崎の出島で取った。レプリカの天球儀だったが、適切な解説と展示がなされるならば、それで何ら問題はないと思う。続く。