ヴェーセン名古屋公演あるいは愛知県日帰り紀行(1)

我がワナオブ最愛のバンド、ヴェーセンが二年以上ぶりに来日したので、雨が降ろうが槍が降ろうがの追っかけモードに突入した。愛知県は春日井市のカフェで40席限定の公演があるというので、腹痛週間も何のその、運動不足の足腰でよろよろしながら出掛けていったのである。

渡辺華山の威光に打たれる@愛知県田原市

名古屋近辺に行くのは今回が三度目なのだが、これまでの二回は目的地ピンポイントの訪問で、下手すると新幹線と地下鉄で用を済ませてしまって地上に出ていない位だった。これではいかんと反省して、今回は近辺の面白そうな博物館展示でも見ようと思い立つ。で、見つけたのがこれ。渡辺華山は私の地元の絵を描いていて「市の歴史」みたいな冊子にその作品が載っていたので、この機会に見てみようかと。
豊橋駅で新幹線を降りたら、空気の匂いが違った。湿った、肥えた土の匂いと古い木や書物の乾いて少し黴臭いようなのが混じった匂い。田畑が近いんだなと思う。確か四両編成の豊橋鉄道渥美線に三十分ほどのんびり揺られて三河田原駅へ。
  
オブジェめいたものどもとともにはかりを展示するはかり屋さんとか(写真中)、突然いわくあり気に姿を現す古風な時計台とか(写真右)。ここが博物館への入口で、坂を上るといい雰囲気の城跡が。
 
田原市博物館は城の中にあった。
中に入るとロビーのところに映像コーナーがあって、何だか渡辺華山の生涯をえんえんと物語っている。適当に聞き流して、順路に従って常設展示室に入ると、そこも渡辺華山一色だった。いつ、どこで生まれたかから始まって、少年時代、学問で身を立てようと思ったきっかけとなったエピソード、飢饉対応を成功させたこと、学者としての側面、画家としての側面、蘭学との関わり、処罰から自害まで(遺言状ぐらいはあっても驚かないが、自害した時に使った脇差まで展示してあって鼻白む)、子々孫々が見習うべき郷土の大偉人といった風である。それはそれで結構だけれども、「田原市のあけぼの」から始まるような展示は無いのかと奥へ行くとそこはもう特別展で、名所図会の類やスケッチの類や江戸時代の銅版画や油絵みたいのがうす暗い室内のガラスの奥に並んでいるばかり。以上。いやその。
仕方が無いので地元で出している渡辺華山の伝記冊子を購入し、ついでに博物館の展示内容を記したパンフレットをもらう。それによると、別の場所に考古資料の展示室みたいなものもあるようだが、博物館のメインが渡辺華山であることは揺るぎないらしい。なにしろパンフレットのキャッチが「一つひとつの作品が、華山*1のこころを語りかける。」「渡辺華山、その光と影がここにある。」だったりするのだ。その、歴女たちに何か妄想でもさせたいのだろうか。ちなみに伝記冊子の年表によると、渡辺華山先生は宝塚のミュージカルにも登場しているらしい*2
さて、博物館では判らなかったまちの地形を確認してみようと周囲を回ると、博物館のすぐ隣に、
 
「華山神社」「祭神 華山渡辺登命」
……華山先生は神サマだったのか。そうだとすれば、あの博物館が聖人伝と聖遺物に満ち満ちていたところで、何ら奇異な点は無い。
続く(前菜が思いのほかディープだったので、メインディッシュのヴェーセン公演にたどり着く前に力尽きた)。

*1:ちなみに、「華山」のくさかんむりはパンフレットではやまかんむり。当初はくさかんむりだったのを後年やまかんむりに変えたらしい。

*2:昭和56年の「かもめ翔ぶ海」という蛮社の獄を題材にした作品だそうです。