休暇の終わりのエアポケット。

黄金週間が終わる。
計画は未達である。
のたくたした上に、のぞみ通りの旅行をゲットした私の体に不満はないらしい。私の理性は結果を当然のこととして受け止めている。キャパシティに限界があるのを承知で旧天皇誕生日にのたくたした以上、こうなることは目に見えていたという訳だ。そりゃ私も承知している。月間残業百時間で仕事しながら大学院に通おうとは、出願する前から正気の沙汰ではないと判っていたさ。ただ、もう正気でいるのにうんざりしただけだ。「残業多すぎてやりたいことも出来ずに組織に飼い殺しです」なんていう当たり前の結論に達するために人生を費やすなんて、馬鹿らしすぎる。だから、今の私は当時の私の、自分の出来の悪さに対する見積もりの甘さを責めるつもりはないのだが、しかし休みがこれだけありながら、大学院の課題その他にかまけてBANANA合宿(という名の創作修羅場)を1日たりとも取れなかった事実に直面すると、自分の要領の悪さに穴に入りたくなる。大学院進学は、「自分のやりたいことを、自分がやりたいという理由によって後ろめたく感じることなく堂々とやる」ための精神的荒治療のつもりでもあるからある程度は仕方ないが、現に自分の一番やりたいことが後回しになっている生活というのは、どうしようもなくカッコ悪いし、安全保障上も好ましくない。南房総の植物園で、たわわに実らせた状況で展示されるために、倒れそうな幹を絞首台の囚人よろしく輪縄で吊られ、しかしそれでは死んでしまうので、ちょん切ったビニルホースを巻かれて生きながらえているバナナの木

というすばらしくシュールかつ醜悪な見せ物を目にしたのにBANANAに取りかかれないなんて、ほんと、坊主にでもなって反省したがいいよ。
ということで、連休最終日、私の心は穴に入っていた。限りある時間を引き伸ばす(気になる)究極のラリテク、日記書き+ダラダラ読書による自己省察であるーーって、相変わらず、つくづく安い人件費だな。省察の結果はいずれまた。というか、その前にBANANAの更新だ。早くしないと、死体のまま放り出された可哀想なアトキンス氏が腐ってしまう。