エンタメとしての「指輪物語」(2)

うわっ、また出やがった。もう許さん。私がいない間なら何をしてもいいと言い渡してあるのに、どうして私の目の前で、よりによって流しに、しかも私が精神的ダメージのおかげでたたっ殺せない身になっているタイミングで出やがるのか。無礼にも程がある。全くもってケシカラン。
――さて。

On Fairy-Storiesにはまる。

うかうかしていると次の明大講義の日になってしまうので、うろ覚えのトールキンのファンタジー論を援用としてさくさく進めようとしていたのだった。「妖精物語について」は持っていないし、とはいえ、最寄の図書館は蔵書が少なくてどうせお取り寄せだし、ここは一つ、記憶を頼りに書いてしまおうと悪魔のささやきに耳かたむけたところで思い出してしまったのだ、昔買って、数ページ読んで本棚につっこんだままになっている緑色の英語の本があることに。

Tree and Leaf: Including Mythopoeia

Tree and Leaf: Including Mythopoeia

しかも今でも密林で買えてしまうのか。私のは1992年版だが、多分中身は同じ。On Fairy-Stories、Leaf by Niggle、Mythopoeiaを収録。
で、あきらめて読み始める。教授の論文は蘊蓄たれで読むのがきつい*1と思っていたが、これは結構読みやすい。読みやすいが、別段手加減しているようでもなく、のっけから学問的手続きでごりごり押して来る。最初の節は「妖精物語(fairy-story)」で、OEDやらアンドリュー・ラングやらを引用してえんえん「妖精物語」と「妖精」の用法を検討していた。しかもOEDに掲載されている最古(1450年以前)の用例は引用が間違っているとか言って原文を引いて指摘しているし。あうう、学者の鑑だ。すみません、教授。悪の誘惑に負けて弟子と名乗る資格を失うところでした。反省してます。

It is too narrow, even if we reject the diminutive size, for fairy-stories are not in normal English usage stories about fairies or elves, but stories about Fairy, that is Fae:rie, the realm or state in which fairies have their being.――"On Fairy-Stories"

ということで、「妖精について全く不十分に言及しただけだが」と名残りを惜しみつつ、教授は「妖精物語」について定義らしきものを示します。曰く、

  • 妖精物語とは妖精についての物語ではなく、妖精の国についての物語である。

そして妖精物語の定義は妖精に関する歴史的経緯に基づくものではなく、「(depend) upon the nature of Fae:rie: the Perilous Realm itself, and the air that blows in that country.」であるべきだと言います。「その国にそよぐ大気に」ってあたり、まるでマキリップの作品に対する評みたいだ。それはさておき。
まあ、非常に曖昧モコとした定義であることは教授自身も百も承知で、「これは妖精物語ではない」という例をあげることで、妖精物語を逆説的にあぶり出そうとします。例えば「ガリバー旅行記」は妖精物語ではないが、それはこの作品が風刺的であるからではなく、「旅行記」というジャンル、我々の時空における驚異を語る物語だから。また「夢オチ」も妖精物語ではない。夢オチにしてしまったら、妖精の国への憧れの肝である本当らしさとか想像された驚異を故意に損なうことになるから。さらに「動物寓話」の類も結局、動物にかこつけて人間社会を描いているので妖精物語にはあたらないとします。続く。

妖精物語について―ファンタジーの世界

妖精物語について―ファンタジーの世界

なんと、とっくに絶版になっているかと思ったのに、まだ入手できるとは。偉いぞ、評論社。

ちくま文庫からも出ていたもよう。こちらには「ビュルフトエルムの息子ビュルフトノスの帰還」が収録されているらしい。ちなみにビュルフトノスは991年に侵攻してきたヴァイキングをモルドンで迎え撃って戦死したエセックスの太守で、ダンスタンの同志オズワルドの庇護者・友人でもあった人物。

*1:「怪物と批評家」はあまりにも学者仲間のほのめかしが多すぎて挫折した気がする。