2016夏マルメ・スコーネ・麦畑ぼんやり行(5)

coalbiters2016-08-14

不況、ウォーターフロント開発、都市再生(承前)

今となってはあまりよく見えない近過去

 マルメにはかつてコックムス社の造船所があって、1世紀以上の長きにわたってその城下町として栄えたらしい。しかし、1970年代の造船危機のあおりを受けて1980年代には造船所は閉鎖され、さらに1990年代初頭のスウェーデンの経済危機の影響もあり、マルメの経済は深刻な打撃を受けたが、工業から知識集約型産業への転換、オーレスン・リンクの開業により、近年新たな発展を遂げている−−というのが、ここ数十年のマルメの産業・経済の動向に関する概略であるようだ。特に造船産業の終焉に関しては、「マルメの涙」と称されるエピソードがあり、1970年代に設置されたコックムス社の巨大クレーンが造船所閉鎖後も撤去費用が出ないのでそのまま放置されていたところ、紆余曲折の末、韓国の現代重工業が購入することになり(購入費用はたった1ドル)、2002年に解体されて蔚山に運ばれたのだが、その模様をスウェーデン国営放送が葬送行進曲つきで放映したとか何とか。
 そのあたりの事情をぐぐっている時に見つけたYou Tubeの映像。廃工場の雨音をひたすらに拾って、佗しいこと限りない。

 とはいえ、かくいう次第で使われなくなった港の一部を、住宅、大学、メディアセンターやインキュベーション施設等々の街として再開発して盛り返してきたのが今日のマルメであるから、対外的にはその成果が大いに喧伝されており、辛い過去の日々などおくびにも出さないので、一見の観光客がうかうかしていると痕跡のしっぽすら掴めずに終わってしまう。

持続可能地区ヴェストラ・ハムネンと対岸の産業港

 マルメの観光スポットと言えば、何番目かには必ずターニング・トルソが出てくる。曰く、スカンジナビアで一番高い建物である、著名な建築家サンティアゴ・カラトラバによるデザインで、上に行くに従ってねじれ、最上階と地上では90度のズレがある独特の姿をしている、最近出来た(2005年竣工)等、観光名所の条件を備えた存在ではある。スカンジナビア随一とはいえ高さは約190メートルなので、日本の基準から行くと物凄く高いというほどではないが、マルメには他に超高層ビルと呼べるような建物が全くないので、ランドマークとして大いに目立つのは事実だ−−見える場所からは。
 しかしながらそのランドマークは、マルメ中央駅からも、街の中心部の大部分からも見えない。つまるところ、中心部からはやや離れているからであり、所在するヴェストラ・ハムネン地区がかなり広大だからであり、それは一帯が再開発された港湾地区だからである。旧市街は徒歩サイズの街で、油断していると目的地を通り過ぎかねないが、こちらでは延々歩いても、目的地に辿り着けない。自動車か、最低限自転車は必須である。

ターニング・トルソ。真下から全体像を撮るのはさすがに難しい。

(少し離れて全景を撮ってみる)

(ターニング・トルソ前の公園から反対側を撮る。結構空き地というか草地が多い)

 ターニング・トルソ周辺は、ある程度は街並みが出来ているものの、空き地や工事中のところも多く、現在進行形で開発されている様子。公園に植えられている植物はハーブばかりで、花が咲き乱れる今の季節はたいそう良い香りがする。

 広さ約160haのヴェストラ・ハムネン地区の再開発は、2001年に開催された住宅博覧会におけるモデル住宅の建設と販売を嚆矢とし、持続可能な都市の実現に向けて、再生可能エネルギーの利用、屋上緑化、自動車を使わない交通体系の整備などを行ってきている云々という情報は事前に把握していて、一体どんなものだろうと興味を持っていた。が、現地に行くと、やたらガラス張りの斬新なデザインの建物が群れをなしているばかりで、素人の悲しさ、どのあたりが環境配慮型なのかよくわからない。ガラス張りだと採光性はいいだろうが、冬は寒くないのだろうか。それとも断熱がしっかりしていて暖かいのか。再生可能エネルギーと言っても、風が強いから風力はともかくとして、太陽光は冬場は使い物にならないのではないか。帰国後更に調べてみたら、地中熱だか海水だかの熱をヒートポンプで取り出して、地域冷暖房システムに活用したりしている模様。それにしても、地域で消費するエネルギーの100%を地元の再生可能エネルギーで対応するというのは大したものだ、例えば東京の臨海部の開発でも同様のことが可能なのだろうか、と2020年東京五輪の選手村の開発計画(晴海五丁目西地区再開発計画)を眺めてみたりしたが、すぐに難しいのじゃないかと素人考えで諦めた。晴海五丁目西地地区の面積はヴェストラ・ハムネンの1/10程度なのに、地区人口は多分同じくらいだ。10倍の人口密度の持続可能性を維持するのは、並大抵の工夫では済まないだろう。



 住宅地の前面は人造の海岸になっていて、沢山の人が思い思いに過ごしている。この日は午後になって雲が出てきて、私はウィンドブレーカーを着て震えていたのだが、元気に海に飛び込んでいる連中もいた。交互に飛び込んで、その様子をお互いにスマホで撮りあっている。


 何やら秘密基地のようなところで音楽を鳴らしていた少年たち。ターニング・トルソはヴェストラ・ハムネン地区ではどこからでも見える。

 ヴェストラ・ハムネンは直訳すれば「西港」の意だが、マルメには「北港」と称する地区もあり、こちらは今でも現役の港湾施設が連なっている。風力発電の風車も立っているが、諸々の資料によれば、これがヴェストラ・ハムネン地区に電力を供給しているらしい。

 対岸の港湾地区を眺めつつ海辺の公園をどんどん進み、突端まで行ったら街外れ感半端なかった。安定の港湾地区クオリティとも言えるが、港湾地区クオリティは一般的に他所者には少々おっかないので、ここらで中心部に向かって引き返すことにする。ターニング・トルソとその下の新興住宅街はここからも見えるが、何やら別世界のおもちゃ箱みたいだ。(続く)