2011夏山陰日焼け旅行(1)

例によって仕事修羅場の夏である。我が家は冷房をつけない主義なので、梅雨が明けると職場が何だか快適な気分になってくるのである。多分騙されているのだと思う。今夏の節電で、大分化けの皮が剥がれてきたような気もする。とはいえ、夏が仕事の山であることには変わりなく、家に帰るとコンビニ弁当のゴミと流しの羽虫が疲労困憊した歯車を出迎える日々が続くのだった。
そこに大学院のゼミ合宿が押し込まれるのだから、準備が間に合う訳がない。大学に出掛けて学割を発行してもらおうと思えば、機械は窓口が閉まった後は何故か電源が切られているし、この機会にと下着を買えばサイズを間違えるし、出発当日にほぼ徹夜で旅の準備をする羽目になるし、履く予定の靴には穴が開き、浜松町では道に迷い、うっかり十数年来愛用のカッターナイフを機内持込手荷物の中に入れてしまい、セキュリティチェックで引っかかって預ける羽目になる。おかげでカッターナイフ一本のために手荷物受取所でじりじりと待ち、ちょっとした小荷物なみの段ボール箱をようやく引き取ったのだった。何のために機内持込手荷物だけにしようと頑張ったのやら。

DAY1:ゆうがたのそらのたび。

羽田空港から出雲「縁結び」空港へ。国内の飛行機移動は実ははじめてなので、少々緊張気味。滑走路からほとんど毎分ごとに飛び立つ飛行機を眺めるうち、人類の文明は正気の沙汰ではないという思いがふつふつと浮かんでくる。どのような物理学の精華か知らないけれども、人間と荷物を乗せた重い金属の箱が、エンジンと燃料の助けを借りて宙に浮かび、しかもそれが途切れることなく継続して何の問題も起こらないどころか、それを当然の前提として世の中のものごとが組み立てられているために今更下りる訳にもいかない、というのは眩暈がする認識だ。で、さらに困ったことには、人類の文明について暗澹たる思いを抱きつつ雲上に出ると、西に向かって飛ぶものだから、空はいつまで経っても美しい夕焼けで、赤と青の色合いは次第に濃くなっていくものの、両者のあわいには淡いうす紫の帯がぼんやりと浮かび、雲は白くて、浮島のようにただよったり、巨人のように横たわったりしているのである。昔ながらの人間らしい暮らし、の分はいささか悪いと私は思う。これが物語なら、主人公は目もくらむ科学文明と大自然の神秘をかいま見つつ、故郷に戻って幸せに暮らす、という結末があり得るのだが。

などと沈思黙考するうちに出雲空港着。愛しのカッターナイフを無事回収した後、空港連絡バスで出雲市駅へ。ゼミ合宿で配布する資料をコピーしてこなかったので、コンビニの位置と中にコピー機があることをまず確認し、空腹に耐えかねてコンビニ弁当とポテチを買い込み、しかる後にチェックイン。

DAY2-1:出雲市駅前ぶらぶら歩き。

早朝に起きてゼミの資料を作る予定でいたところ、昨夜の湯船にすっかり体をとろかされ、目が覚めたのは6時を回ってからだった。慌てて15分で原稿を作成し、昨晩確認しておいた駅前のコンビニでコピーを済ます。
 
出雲市駅前は出雲神話オンパレードである。右はヤマタノオロチ

全景。オロチの右の粗大ゴミみたいのは……

――スサノヲ、駄目じゃん……

ということで、出雲大社を拝むこともなく、改札へ。(以下次号)