スターリンとイヴァン雷帝

久しぶりに本屋へ行ったら、あごひげをぬっと突き出したキリスト顔のイヴァン雷帝がいた*1ので、思わずお持ち帰りしてしまった。エイゼンシュテインの絵って、どうしてこうもやおい汁にあふれているのだろう。

スターリンとイヴァン雷帝―スターリン時代のロシアにおけるイヴァン雷帝崇拝

スターリンとイヴァン雷帝―スターリン時代のロシアにおけるイヴァン雷帝崇拝

これがなかなかの掘り出しもので、スターリン時代におけるイヴァン雷帝に対する評価やイメージの変遷を実証的に追った手堅い研究なのだった。マルクス主義史学の大本山であるはずのソ連で、どうして一人の偉人が歴史をつくった、みたいな解釈がまかり通ったのか、「スターリンがイヴァン雷帝のオプリーチニキを真似して自分の大テロルをやったからだろ」的な大雑把(であるがゆえに鈍感)な決めつけからはるかにへだたった、スリリングな論考が楽しめる。このようなすぐれた本が翻訳されて、まかりなりにも商業ベースで出版されるのなら、日本の読書界もまだまだ捨てたものではないかもしれないよ。
なお、イヴァン雷帝の治世については、同じ訳者のこの本が日本語で読めるもっとも詳しい研究かと。
イヴァン雷帝

イヴァン雷帝

スターリン時代の権力と芸術家の関係については、
磔のロシア―スターリンと芸術家たち

磔のロシア―スターリンと芸術家たち

大審問官スターリン

大審問官スターリン

ただし、亀山氏の著作は一般的にかなりやおい*2が高く、特に後者は大分小説的な手法を取り入れているので、歴史研究的な視点からは多少眉につばつけて読んだ方がいいと思う。

*1:第一部のラストの、「陛下、どうかお戻りくだせえ」とお願いに来る人民の列を待ち受けるシーンですな。

*2:ここで言う「やおい」とは世間一般の用法と異なり、男性間の同性愛といった意味は含みません。さしあたっては頭でっかちなメロドラマとでも考えていただければよろしいかと。例えばドストエフスキーの作品は私にとってはやおい度数が高いものとして認識されています。